2010年 10月

10月22日放送の僕らの音楽では、「長渕剛とレーサー佐藤琢磨の対談の様子も放送された。

長渕剛の音楽が年代、時代と共に変化している事に話がおよび

佐藤「どうしてそんなに大きく変わっていったんですかね?」

長渕「まず、20代の自分のねぇ、声、声帯がすっげぇ嫌だったんだよね。」

佐藤「ふぅーん」

長渕「で、自分が生きた 原風景っていうものが、あんな声じゃなかったの。がさついてるし、泣きじゃくってたし、くやしくてさ、そういうものだったんだよね。ところが声出したら『フォ~』って(高い声が)出るもんだからさ。20代はそのことで苦しむんだ。」

佐藤「ふぅーん」

長渕「そいで、やったことといえば、80~90度くらいのお酒で毎朝うがいをして、声を潰して『ヴァ~』って、『これ結構ブルースっぽいんじゃないかな?』ってやってる中で、すぐ元に戻っちゃう。」

佐藤「ふぅーん」

長渕「だけど、年齢と共に、10代の時にはわからなかったこと、20代の時にはわからなかったこと。こうだろうなと思った、言われたことが、30代になると、もっと鮮明に、『(例えとして)ブルーじゃなくて、もっと濃い群青色だったんだよ。』とかね。そうなってきたときに、(考え方や見えるものが変わってきたときに)声帯も自然に変わってくるし、それがそのまんま音楽に反映されたんじゃないかな。うん、そういうふうに思う。」

佐藤「なるほどね。」

自分が作り出したいもの(声)と実際に表現されるもの(声)の大きな乖離から、歌手としての生命線である喉を焼ききるまでして、声を変えようとしたが変えることができなかったが、内面の成長、変化に伴い、声まで変わっていったという。

自分を変えるには、表面だけでなく、内面までを変えてこそ、本当の変化であり、成長ということのようだ。

10/5の踊る!さんま御殿のスペシャル版、2組目:女友達(秘)暴露SPに、元おニャン子クラブの国生さゆりと新田恵利が登場した。
女友達にどうしても直して欲しい所。というテーマでトークが進み、新田と国生の番に。

新田「私今年になってからすごく、色々お話して、仲良くなって来たんですけど。彼女が話すのが当時の(話で例えば)『私はピンクの衣装が着たかっ た。』とか『ヘアメークは自分でやった(新田は、スタイリストが付いていた。)」』とか当時の苦労話というか、被害妄想な話ばっかりするんですよ。」

さんま「あ~、今(になって)?」

新田「そう、で、『でもスタッフの誰々はさゆりちゃんの事可愛がっていたんだよ。』とみんなで言っているのに『そんな事ない。』といって、そういうこと(自分についての良い話)は認めないで、悲劇のヒロインになっているんです。」

さんま「あ~、もうトラウマになっているんだ、色々?」

国生「だって、この方は、私の目標だったんですよ。」

さんま「あ~」

国生「メインボーカルをとっていて、おニャン子=新田恵利で、私三列目のマイクがオンになってない・・・」

新田「ほらほらほら」

さんま「あ~、国生も最初はそこからやったんか?」

国生「そーですよ。そこから、あそこ(一列目)へ・・・という」

さんま「そういうのあんのか?早くセンターに立ちたいとか」

国生「私地方出身者だったので、自分でお金を稼がないと、生計を立てないといけないと思ったんですけど、この方(新田)実家だったし、『週に三日ぐらいのおニャン子でお願いします。』とか言ってて、それでメインボーカル取られたもんだから・・・」

さんま「あー、分からんでもない。」

国生「なに~?と思ったんですよね。」

さんま「田舎で苦労して、這い上がるぞと思っている人間からしてみれば、『私、週三日でおニャン子でいいから~』とかいいやがってな!」

一同「わ~」

国生「ソロデビューだって、一回この方スルーしているんですよ。冬のオペラグラスで出たんですけど、1月の1日に。一回、それで12月、年内という話をスルーしているんです。」

さんま「歌いません!って言うて?カッコいいのぉ。・・・国生からしたら考えられないんだ?」

国生「そうですよ。私掴みとったもんだって。バレンタイン・キッス・」

さんま「国生人気あったやないか」

新田「でしょ?被害妄想でしょ?ほら!」

国生「違いますよ。」

さんま「国生も人気あったって。」

国生「後期ですよ私。前期はやっぱり違いました。」

さんま「前半は、新田ばっかりだったんだ?あ~それが羨ましかった?」

国生「羨ましかった~。ほっ・・・んとに羨ましかった。」

さんま「バレンタイン・キッス歌ったときは、『やったー』っていわはんやろ?」

国生「うん、やったーと思ったらオリコン2位だったの。うわっはっはっは」

さんま「十分やないか!」

国生「いや、おニャン子全部1位だったんですよ。」

一同「あ~」

さんま「おニャン子は、全員一位だったのに、国生さゆりさんだけ2位だったの?」

新田「ちょっと、タイミングが悪かったんだよね。」

国生「ほら、こうやっていつも・・・・」

一同笑い。

1985年の結成当時からおニャン子クラブのツートップして君臨していた2人。
実際の人気は、新田が圧倒していたようであるが、ファンの間でもメンバー間でも“国生派”と“新田派”に分かれ、互いにテレビでも不仲のエピソードを語るなど、犬猿の仲で知られていた。

今年、おニャン子クラブメンバー11人で出演した缶コーヒー「ボス 贅沢微糖」のCM共演をきっかけに和解に至ったようである。
ちなみに、バレンタイン・キッスの発売日の二日後、2月3日には、中森明菜の「DESIRE」が発売され、オリコン週間シングルチャート1位、年間シングルチャート2位、第28回日本レコード大賞の大賞受賞曲であった。

また、オリコンデータベースによると以下のとおり
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1986年1月オリコン月間売上
冬のオペラグラス 新田恵利(1月1日発売) 23万枚
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1986年2月オリコン月間売上
バレンタイン・キッス  国生さゆり(2月1日発売) 25万枚
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